烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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千畳閣 囲碁の奉納絵馬と藤沢秀行の書

 宮島の厳島神社の近くにある千畳閣は、厳島神社の末社豊国神社本殿の通称です。
 天正15年(1587)に、豊臣秀吉の命により安国寺恵瓊が大経堂として建設を始めますが、秀吉の死により工事は中止され、板壁も天井の板もない未完成の状態となります。その広さから「千畳閣」と呼ばれるようになったそうです。
 明治時代に入ると神仏分離令により本尊の釈迦如来座像が大願寺に移され、厳島神社の末社として秀吉公と清正公を祀る豊国神社となります。

千畳閣
千畳閣

 千畳閣にはたくさんの絵馬が奉納されています。江戸時代のものもあり歴史を感じさせられます。

千畳閣内部
奉納絵馬

 千畳閣の奉納絵馬の中に碁盤と碁石が描かれたものがあります。明治期に囲碁関係者が奉納したもので、盤上の棋譜は本因坊丈和と赤星因徹による「吐血の局」です。なぜここに吐血の局なのでしょうか?

棋譜
「吐血の局」の奉納絵馬

 囲碁の絵馬には奉納に関わった人々の名が記されていますが、その中に「石谷広策」の名を発見しました。
 石谷広策は広島県の能美島出身の秀策の弟弟子です。
 広策は明治以降、秀策の顕彰につとめ、秀策の打碁集「敲玉余韻」を出版します。江戸時代には本因坊道策が前聖と呼ばれたのに対して、本因坊丈和が後聖と呼ばれていましたが、明治以降、秀策が後聖と呼ばれるようになります。これは広策の活動によるものが大きいと言われています。

石谷広策の名
絵馬に記された「石谷広策」の名

 千畳閣の「吐血の局」の奉納絵馬と向かい合って、名誉棋聖・藤沢秀行氏(2009年没)の書が掲げられています。平成7年に、「厳島神社御鎮座式年千四百年祭奉納囲碁大会」が開かれた際に奉納された絵馬だそうです。
 「磊磊」(らいらい)とは、石が多く積み重なっているさまを表し、心が広く,小事にこだわらないという意味です。

 ところで、藤沢秀行の孫娘である藤沢里菜二段(16)は、現在、史上最年少で「第33期女流本因坊戦」で向井千瑛女流本因坊に挑戦中ですが、10月8日に行われた第一局に勝利し好スタートを切りました。秀行のDNAはしっかり受け継がれています。

藤沢秀行の額
藤沢秀行氏の書「磊磊」

広島県廿日市市宮島町1-1
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