烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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第21代総理大臣 加藤友三郎像

 広島城の西隣りにある中央公園に銅像があったので寄ってみました。銅像は広島出身の第21代総理大臣・加藤友三郎の像でした。
 加藤友三郎は、文久元年(1861)に、広島藩の下級武士の子として生まれ、明治17年に海軍兵学校を卒業。日清、日露戦争に従軍します。
 その後、海軍次官、呉鎮守府司令長官、第一艦隊司令長官を経て、大正4年(1915)には海軍大臣(第2次大隈内閣)および海軍大将に昇進します。
 第一次世界大戦後、防衛のため各国が軍備増強を行い軍事費が財政を圧迫していたことから、大正10年(1921)に海軍軍縮会議である「ワシントン会議」が開催されますが、加藤は日本首席全権委員として出席。軍部の反対を抑えて軍縮条約に調印。各国から評価されます。
 大正11年(1922)に軍縮会議後の施策実行の最適任者として山本は総理大臣に就任します。総理就任後、軍艦の削減など条約履行を行い、周辺諸国との緊張緩和にも務めますが、総理在任中の大正12年(1923)8月24日に大腸ガンのため亡くなります。享年62歳。
 山本の急死のため、外相・内田康哉が内閣総理大臣を臨時兼任しますが、その8日後に関東大震災が発生します。日本は「首相不在」という異常事態の中で大震災を迎えることとなったのです。

加藤友三郎
加藤友三郎像

中央公園:広島県広島市中区基町15
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