烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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旧国泰寺愛宕池

 広島市中区の白神社の隣りにある「ANAクラウンプラザホテル広島」の前に「旧国泰寺愛宕池」があります。
 この辺りは、かつて国泰寺という寺院がありましたが移転し、境内にあった愛宕池のみ残されています。
 国泰寺は元は文禄3年(1594)に毛利氏の外交僧であった安国寺恵瓊が臨済宗の寺院「安国寺」を創建したのに始まります。
 恵瓊は羽柴秀吉の「備中高松城の水攻め」での和睦交渉を取りまとめ毛利家の所領安堵に成功。その交渉術を評価され天下人となった秀吉に仕え大名となったと言われています。
 関ケ原の戦いでは西軍に味方したため、捕えられて石田三成らと共に処刑されます。
 安国寺は、恵瓊の死と毛利家の減封で広島に入封した福島正則により「国泰寺」と改められ曹洞宗に改宗します。
 福島氏の次に入封した浅野氏の菩提所となり発展します。幕末には元治元年(1864年)の第1次長州征伐で、幕府軍の総督府が置かれ、近藤勇ら新選組幹部も訪れています。また、明治期に入って明治6年(1873)から明治9年(1876年)までには県庁仮庁舎が寺内に置かれます。
 「国泰寺」は海岸沿いに創建され、隣接する白神社から連なる岩礁の一部を利用して池が造られます。それが「愛宕池」です。 「国泰寺」は昭和53年に広島市西区己斐上に移転しますが「愛宕池」のみ残されて当時を偲ぶことが出来ます。

旧国泰寺愛宕池
旧国泰寺愛宕池

旧国泰寺愛宕池説明板
現地説明板

広島県広島市中区中町7-20 ANAクラウンプラザホテル広島前


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