烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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平和大橋

 広島平和記念公園の南側を通る平和大通りに掛かる「平和大橋」はユニークな形状の欄干で知られています。元々この場所には「新橋」という橋がありましたが原爆により落橋したため、1952年に再建されます。
 原爆で壊滅した広島を復興するにあたり広島平和記念公園などが整備されます。新橋の再建では当初は普通の橋として施行が始まりますが、施主の建設省は平和公園の入口でもあり、せめて欄干だけでも公園とマッチしたデザインにできないかと、広島平和記念施設を設計した建築家・丹下健三(後に現在の東京都庁やフジテレビを設計)に相談した結果、健三の知人で世界的に高名な日系アメリカ人彫刻家のイサム・ノグチがデザインすることとなります。

平和大橋

 イサム・ノグチ氏は原爆を落としたアメリカ人を母にもち、原爆を落とされた日本人を父にもつという境遇からか広島の平和公園整備では慰霊碑の設計公募に参加。デザイン採用が内定しますが、アメリカ人という理由で強硬に反対する意見が出され内定が取り消されます。
 慰霊碑は結局、イサム・ノグチの設計をベースに丹下健三が再設計しています。そういった経緯から公園の外の「平和大橋」のデザインが依頼されたのでしょう。

原爆慰霊碑
イサム・ノグチ氏の設計をベースに造られた原爆慰霊碑

広島市 中区中島町

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