烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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於岩稲荷田宮神社

 四谷といえば「東海道四谷怪談」を思い出しますが、左門町にはお岩様を祀った稲荷が二ヶ所、道向にあります。最初に「於岩稲荷田宮神社」を訪れました。

道向にある於岩稲荷田宮神社と陽運寺
道向にある於岩稲荷田宮神社と陽運寺

 お岩様といえば四代目鶴屋南北の「東海道四谷怪談」で恐ろしいイメージが染みついていますが、実は江戸時代初期に実在した人物で良妻として知られていました。お岩様は御家人の田宮又左衛門の娘で、養子となった田宮伊右衛門を支えるため奉公に出て、田宮家を盛り上げたそうです。お岩は生前、屋敷内にあった屋敷社を信仰していたそうで、死後、お岩も合祀され「お岩稲荷」として人々の信仰を受けることとなります。

於岩稲荷田宮神社
於岩稲荷田宮神社

 ところが岩の死後200年近くが経った江戸時代後期に鶴屋南北が歌舞伎「東海道四谷怪談」で、岩が夫・伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たすという話を作り上げたため、現在のイメージが形成されます。
 お岩稲荷神社には、祟りを恐れて「東海道四谷怪談」を演じる役者が参拝していましたが、明治12年に火災で焼失すると市川左団次の支援により芝居小屋近くの新川に「田宮神社」と改称して移転しています。
 しかし、元あった場所での復活を望む声もあり 昭和27年に分社として田宮家屋敷跡にも神社が建立されたそうです。
 なお、神社の神主はお岩様の子孫だそうです。

歌舞伎役者の名が刻まれた玉垣
歌舞伎役者の名が刻まれた玉垣

拝殿
拝殿

【関連記事】 四谷怪談 お岩様の墓

東京都新宿区左門町17
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