烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2013年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年11月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

松平家菩提寺 高月院

 高月院は、元々は「寂静寺」といい、松平親氏の義父・在原信重により建立されたと言われています。1377年に親氏が堂・塔などを寄進してから「高月院」と改称し、松平氏の菩提寺になったと伝えられています。
 徳川家康は寺領100石を寄進し、以来、明治維新まで将軍家によって手厚い保護を受けてきました。現在の山門や本堂は、徳川家光によって建立されたものだそうです。
 松平氏宗家は三代信光の時代に安祥城主となり松平郷を離れたため、高月院には初代松平親氏と二代泰親の墓があります。
 三代信光以降、松平郷を任された一族の松平郷松平家は旗本として江戸時代以降も松平郷を領地としますが、代々当主は松平親氏の舅である在原信重が名乗った「太郎左衛門少尉」の名前を引き継ぎ「松平太郎左衛門」を名乗ったため「松平太郎左衛門家」とも呼ばれますが歴代当主の墓も境内にありました。
            
            
                
Imag1733

高月院



Imag1736
松平氏墓所



Imag1738

中央が初代松平親氏の墓。右が二代泰親。左は四代親忠夫人。



Imag1739

太郎左衛門家 九代尚栄(左)。十代重和(中央)
            
愛知県 豊田市 松平町寒ケ入44 地図



 

スポンサーサイト

| 室町時代 | 10:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。