烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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本多平八郎忠勝誕生地

 岡崎市郊外の西蔵前町には、かつて、「西蔵前城」という城があったそうです。築城時期ははっきりしていませんが、天文10年(1548)に、ここで徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝が生まれたといわれています。
 忠勝は永禄3年(1560)の桶狭間の戦いで初陣し、その後、生涯57回の合戦に臨み、かすり傷ひとつ受けたことがないといわれる戦上手の武将でした。武田信玄の家臣・小杉左近からは「家康に過ぎたるものは二つあり、唐のかしらに本多平八」と賞賛され、織田信長には「花実兼備(花も実もある)の勇士」と讃えられます。また、豊臣秀吉には「日本第一、古今独歩の勇士」と名だたる武将が賞賛をおくっていて、家康の家臣の中で最も人気のある武将の一人です。
 西蔵前城址は住宅地となっていて遺構は残されていませんが、川沿いの高台となっていて、僅かに当時を偲ばせることができます。「本多平八郎忠勝誕生地」の碑は忠勝の子孫により大正4年に建立されたもので民家の庭に建立されていました。
               
Imag1749
本多忠勝誕生地
            
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誕生地の碑
                
岡崎市西蔵前町峠  地図

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