烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2013年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年11月

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岡崎公園 龍城神社

 岡崎城天守閣の隣りに龍城神社があります。
 岡崎城が築城された際に、城の井戸から水が吹き出し現れた龍神が天に去っていたと言われ、天守に龍神が祀られました。岡崎城は別名を龍ヶ城と呼ばれています。また、井戸の名は龍の井というそうです。後に岡崎城で徳川家康が誕生した時も金色の龍が現れたという伝説があります。
 江戸時代、三の丸の中で家康公が祀られ岡崎東照宮とされました。また、本丸では本多忠勝を祀る神社が創建されます。明治に入り、これら城の中にあった神社を合祀して天守横に社殿が建設されます。それが龍城神社です。
                           
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龍城神社

 龍城神社の隣りで岡崎城天守の前に「家康公遺訓碑」と「家康公遺言碑」が建立されています。  「家康公遺訓碑」は家康公が征夷大将軍に就任したときに書いたもので「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くがごとし」という有名な言葉が遺されています。「家康公遺言碑」は亡くなる前に秀忠へ残した言葉で、「将軍の政道が理に適わず民が苦労しているようならば、政権は他に移るべきである」と述べています。
 碑の後ろに「龍の井」がありますが取材時は工事中でした。
                  
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家康公遺訓碑            
                   
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家康公遺言碑
                       
 愛知県岡崎市康生町561 Googleマップ

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