烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2013年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年11月

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信長賞詞地

 新城市有海にある送水塔の脇に「信長賞詞地」の碑が建っています。
 長篠の戦いが集結した翌日、織田信長は長篠城 を死守した奥平貞昌 を有海の小呂道(コロミツ坂) に呼び寄せ功績を称えます。そして自らの「信」の一字を与え、以降、貞昌は奥平信昌と名乗ります。また、徳川家康 は信昌に名刀 般若長光を授け、娘の亀姫 を嫁がせる事を約束します。
 翌年、信昌は長篠城に代わり新城城を築城し徳川の譜代大名への仲間入りをします。コロミツ坂には信昌に嫁いだ亀姫が、後に大善寺を建立し、母の墓碑を建てたそうです。
 また、この出来事が囲碁界へも大きな影響を与えていったのですが、それについては次回、紹介させていただきます。
                   
Imag1690
送水塔入口(コロミツ坂)
               
Imag1691
信長賞詞地ノ碑
               
愛知県新城市有海 Googleマップ



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