烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2013年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年11月

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医王寺

長篠城跡から北へ1キロほど離れたところにある医王寺は、長篠の戦いにおいて武田勝頼が本陣を布いた寺として知られています。 
 1万5千の兵で長篠城を取り囲んでいた武田軍ですが、長篠城の支援にやってきた織田・徳川連合軍は3万8千でした。本陣で開かれた軍議では信玄以来の重鎮たちは撤退を進言しますが、勝頼は聞き入れず決戦を選択します。
 こうして行われた決戦で武田軍は大敗し重臣たちを次々と失います。そして武田家は滅亡への道を歩んでいったのでした。
 ところで勝頼は、後に高坂弾正と会った際に戦いを振り返りますが、この時、囲碁に例えて話をしたと言われています。
 余談ですが医王寺に隣接した場所や裏山のあたりの地名を長篠碁石と言うそうです。名前の言われは分かりませんでしたが興味がそそられました。
                           
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医王寺山門
               
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医王寺本堂
                   
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勝頼本陣跡の碑
               
愛知県新城市長篠字弥陀の前256番地  Googleマップ



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