烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2013年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年11月

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甘利信康の碑

設楽原歴史資料館の近くに武田家家臣・甘利信康の碑があります。
 甘利信康は武田信玄を支えた武田四天王の一人・甘利虎泰の息子で兄は武田二十四将の一人・甘利信忠です。
 父兄が相次いで亡くなり家督を継いだ信康は小荷駄奉行として活躍します。天正3年(1575)の長篠の戦いでは、設楽原の戦いに参戦。鉄砲隊を率いて左翼の中核・山県昌景を支援。織田・徳川連合軍と対峙します。しかし、兵力の差は圧倒的で、山県が討たれると敵陣に突入し討ち死にしました。この時、信康は立ったまま切腹し亡くなったといいます。
                           
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甘利信康の碑
                                 
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案内板
            
愛知県新城市竹広  Googleマップ



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