烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2013年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年05月

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宇部神社 武内宿禰命終焉の地

 池田家墓所の近くに因幡国一宮である宇部神社があります。


 大化4年(648)の創建と伝えられ、伝説によると「古事記」や「日本書紀」に登場し、大和朝廷において景行天皇(12代)から仁徳天皇(16代)までの5代の天皇に仕えた、我が国最初の大臣・武内宿禰(たけうちのすくね)が因幡国の宇倍山中腹の亀金山に双履(履物)を残して行方知れず(亡くなった)とあり、その場所を祀ったのが起源であると言われています。


 本殿の裏に亀金山があり、その頂に双履石(そうりせき)がありますが、近年の調査で双履石は古墳の一部であることが判明しました。


 なお、武内宿禰が亡くなった時の年齢は280歳から360歳だったと言われ、実際には有り得ないことから実在しなかったという説や、何代かにわたる一族の総称であるという説もあり謎の多い人物です。


 社殿は創建以来、度々再建され現在の建物は明治31年に再建されたものです。武内宿禰は明治32年に5円紙幣の肖像に採用されます。この時、現在の宇部神社本殿も一緒にデザインされています。




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参道(左)と鳥居(右)



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拝殿

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拝殿と本殿(左)と武内宿禰命終焉の地碑(右)


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亀金岡の石段(左)と双履石(そうりせき)(右)





  鳥取県鳥取市国府町宮下651

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