烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2013年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年05月

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「山吹の里」の碑

 豊島区高田の神田川に架かる面影橋のすぐ近くに、「山吹の里」の碑があります。



新宿区山吹町から面影橋のあたりは通称「山吹の里」と呼ばれています。由来は次のような話が伝わっています。



 江戸城を築城した太田道灌が鷹狩に出かけたときに雨にあい、農家の若い娘に蓑(みの)を借りようとしましたが、娘は山吹を一枝差し出したそうです。



 道灌は、この時は意味が解りませんでしたが、後に「八重七重、花は咲けども 山吹の み(実)のひとつだに 無きぞ悲しき」という平安時代の歌に掛けて蓑が無いことを伝えたものだと解りました。道灌は自分の無学を恥じて、以降、和歌の勉強に励んだそうです。



 碑は面影橋のたもとにありましたが神田川の改修に伴い道路を挟んだ現在地に移動しています。碑には貞享3年(1686)という文字が刻まれていますが、この頃に建立された供養塔を後に碑へ転用したと考えられています。



 



Dsc_1311
「山吹の里」の碑



Dsc_1313 Dsc_1312
面影橋(左)と碑の説明板



 



  豊島区高田1丁目18-1 オリジン電気入口



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