烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2011年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年11月

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名人交代

 井山裕太名人に山下敬吾本因坊が挑戦する名人戦七番勝負が終了し、山下挑戦者が名人獲得となりました。史上七人目の名人本因坊です。


 井山さんは二年前、二十歳で最年少名人となり注目を集めました。



 タイトルを失うのはこれがはじめてのこと。



 これからもっと活躍するチャンスはあるはずです。



 井山さんにはこれからもがんばって日本囲碁界を盛り上げていただきたいです。



 そして今回名人になった山下新名人おめでとうございます。



 私はイベントで山下さんとおはなしをさせていただきましたが、それ以来、碁の内容だけでなく、人柄からもファンになりました。



 これからも両者を応援します。

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| プロ対局 | 19:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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玉蔵院(埼玉県浦和)

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本堂




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地蔵堂




 埼玉県さいたま市浦和区にある玉蔵院は平安時代に空海が開山したといわれる由緒ある寺院です。浦和は玉蔵院の門前町として発展してきました。


 第四世大僧正宥盛と第五世大僧正宥海は徳川家康の囲碁の相手をつとめるなど大変気に入られていました。 天正19年(1591)寺領寄進にあたり鴻巣宿から浦和宿までを与えるという話がありましたが高禄はかえって災いを招くとして、わずか10石のみ賜っています。


 家康は、寺領寄進とともに、第三者がこの寺に対して口出しをするのを禁じる特権を与えています。


 地蔵堂に安置されている像は平安時代の作でさいたま市の文化財に指定されています。




場所 埼玉県さいたま市浦和区仲町2丁目13-22

| 囲碁が関わった出来事 | 09:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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吉備真備像

 吉備真備は奈良時代の学者で、遣唐使となり唐に渡っています。

 多くの伝説もあり、そのなかに囲碁のこともあります。

 囲碁を日本に伝えたのが吉備真備であるといわれていました。現在では真備が唐に行く前から囲碁があったとされ、真備が伝えたいうことは間違いであったといわれています。


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倉敷市真備支局にある吉備真備像

| 奈良時代 | 21:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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囲碁人

わたしの書いている「囲碁人」という本が週刊碁に載りました。


現在5号まで出ています。


ただいま6号執筆中です。


 


9月30日の囲碁史会では、利玄のことが発表されました。


この間行ってきた永隆寺のことです。

| 囲碁史あれこれ | 19:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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