烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2011年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年10月

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旧岩崎邸庭園

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 上野から歩いて二十分ほどのところにある旧岩崎邸庭園は三菱の創業者岩崎弥太郎の一族の邸である。

 この洋館は外国人や賓客などを招いてパーティーなどに使わされた。

 明治29年の建築で国の重要文化財に指定されたいる。十七世紀のヨーロッパ式邸宅である。

 この他にも書院造の和館も渡り廊下でつながっている。

 上野から歩くのが大変な方は湯島駅の方が近い。

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| 明治・大正時代 | 12:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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実業団囲碁団体戦

 東京駅八重洲にある、いずみ囲碁ジャパンにて団体戦がありました。


 私が主宰する会の生徒さんが六人、二チームで出場しました。



 結果は残念でしたが、みなさん手ごたえがあったようでなによりです。



 この大会は十一月、一月にもあるのでそこではがんばって予選を通過してほしいです。三月には決勝大会があります。

| アマ対局 | 19:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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世界アマ

 先日、八十四歳の平田博則さんが日本代表として出場された世界アマチュア囲碁選手権の来年の代表を決める全国大会が日本棋院でおこなわれました。


 その結果、これもベテランの中園清三さんが代表となりました。中園さんはアマチュア大会では数多く優勝されていますが、日本代表は二度目というのが意外な気がします。さらに先日おこなわれたアマチュア本因坊戦でも六度目の優勝をされました。

| アマ対局 | 09:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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巌崎建造の墓

 田無の総持寺には方円社三代目社長巌崎建造の墓があります。

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 建造は安井家の門人で九世算知の弟子である。
 十世算英の教育も務めた。

 ある日、算英がまだ子供のころ、算英の打つ手があまりにも未熟なため、思わず手をあげてしまった。すると算英は母、つまり算知の妻にそのことを伝えると、それを算知に訴えた。これを聞いて怒った算知は建造を破門しようと思いましたが、建造にその碁の内容を見せられ、妻に一方の言い分だけを聞くなと逆に叱り、建造を許し、このような碁を打つことがあれば容赦なく叱ってくれといったというはなしがある。

 その後、明治になると建造は村瀬(本因坊)秀甫、中川亀三郎に続く囲碁結社方円社の社長となった。

| 方円社 | 19:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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総持寺

 西東京市田無町にあるこの寺は草創は行基菩薩が大聖不動明王を刻んでこの地に安置したのに始まる。中世期の様子は明らかではないが、天文十三年(1544)銘の板碑や鎌倉様式の不動尊像が残っていることから、推察される。総持寺としての前身は、元和年間(1615-1623年)法印権大僧都俊栄の開創で、田無発祥の地・谷戸にあった法界山西光寺である。
江戸時代に入り青梅街道が整備されると、宿場町が形成され、谷戸の住民は代官の指示で移住させられる。慶安年間(1648-1651年)に西光寺もこれに伴って寺構を現在の地に移した。
この後、尉殿大権現(現・田無神社)が移転し、西光寺が別当を兼ねていたが、明治に入って神仏分離の中、恵亮和尚は尉殿大権現の別当職を辞任し、御神体の倶利伽羅不動明王像を守る為、当山の本堂に奉安遷座した。明治八年(1875)には、西光寺が無住となった密蔵院、観音寺をまとめて田無山総持寺と称するようになる。




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興教大師と弘法大師の像 



| 江戸時代 | 17:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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囲碁殿堂資料館

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 東京市ヶ谷にある日本棋院の地下一階には殿堂資料館がある。

 ここには囲碁の歴史に関するものが展示されている。

 日本棋院の創立80周年を記念してつくられた。

| 日本棋院 | 18:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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王座挑戦

 王座戦挑戦者決定戦が今日おこなわれました。


 井山裕太名人VS羽根直樹碁聖



 井山名人は世界戦でも活躍され、ただいま名人戦で山下本因坊の挑戦を受けています。さらに天元戦の挑戦も決めました。



 羽根碁聖は本因坊戦七番勝負、名人戦挑戦者決定戦で山下本因坊に敗れるも坂井碁聖から碁聖を奪取しました。



 今年の勝ち星も一位と二位のお二人です。ちなみに三位は山下本因坊。



 二人の対戦成績は井山三勝、羽根七勝とやや偏っています。



 結果は白番羽根碁聖の中押し勝ちとなり、張ウ王座への挑戦権を獲得しました。



 張・羽根のタイトル戦は初となります。



 二人の対戦成績は張王座十二勝、羽根碁聖十三勝とほぼ互角です。



 羽根碁聖のお父様泰正九段も王座のタイトルを取っています。親子二代で同じタイトルを取れるでしょうか。



 楽しみな五番勝負です。

| プロ対局 | 21:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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アカシヤ書店

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 神田神保町にある日本唯一の囲碁将棋専門の古書店。



 囲碁の本ならほとんど売っています。現代の本から江戸時代の本まで。

| 囲碁あれこれ | 09:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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館林城跡

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 群馬県にある館林城跡。



 石垣や天守閣など近代的な城にしたのは徳川家康の重臣で徳川四天王のひとり榊原康政である。榊原康政の像は館林駅の前にある。

 現在、城は一部をのこすだけで、文化会館や図書館などの施設が多く建てられている。

| 江戸時代 | 19:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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光岳寺

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 長野県小諸市の懐古園の近くにある光岳寺。ここには本因坊門下の鈴木善人の碑が建てられている。



 鈴木に関しては棋譜が少なく、ほとんどのことがわかっていなかったが、地元の囲碁会が顕彰碑を発見し書籍なども出版している。



 ここ光岳寺では鈴木善人と井上保申との対局もおこなわれている。

| 本因坊家 | 08:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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