烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2011年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年03月

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石見銀山1

 世界遺産に登録されている島根県大田市の「石見銀山」に行ってみた。残念ながら時間の関係で車で行ける大森地区のみの見学となり銀山跡(間歩)は見る事が出来なかった。


 石見銀山は鎌倉時代末期に発見され、その後、大内、尼子、毛利と有力な戦国大名により激しい争奪戦が繰り広げられた。豊臣時代は毛利・豊臣の共同管理となり朝鮮出兵の軍資金に充てられている。江戸時代には幕府直轄領となり初代銀山奉行の大久保長安により開発が進められ世界に輸出される。当時のヨーロッパの世界地図で日本の地名に記される等、世界的に知られる銀山であった。大森地区は二代目奉行が陣屋を移転したことにより役所や宿が置かれ発展した。


 ちなみに囲碁との関連を考えてみると、本因坊道策の生まれた山崎家の二代目「山崎善右衛門」は大久保氏に仕え銀山開発や物資輸送に関わっているし、本因坊秀策の兄弟子「岸本左一郎」は大森地区の出身である。



Ca3d0426   Ca3d0427

代官所跡(石見銀山資料館)




Ca3d0430 Ca3d0432_2

観世音寺(左)と観世音寺から見た大森地区の風景(右)

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