烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2011年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年03月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

小塚原刑場跡(延命寺)

 小塚原刑場は江戸時代から明治の初めにあった刑場である。場所は南千住駅のすぐ西にある現在の延命寺境内に位置する。延命寺は元々隣の回向院の敷地の一部だったが常磐線の鉄道敷設にあたり分断され独立した。



 寛保元年(1741年)に高さ3mほどの「首切り地蔵」が建てられた。



 



Ca3d0196 Ca3d0198



延命寺(左)と首切り地蔵(右)



スポンサーサイト

| 江戸時代 | 21:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

小塚原回向院(南千住回向院)

 南千住駅のすぐ西側にある寺で両国回向院の別院。江戸時代に小塚原刑場で処刑された人々を供養するために創建された。安政の大獄で処刑された吉田松陰や橋本左内の墓もある。



 また、杉田玄白らが明和8年(1771年)刑死者の解剖に立ち会い、オランダ語医学書「ターヘル・アナトミア」の解剖図の正確さを確認した場所でもある。この本は後に和訳し「解体新書」として刊行される。寺の壁には「観臓記念碑」が設置されている。



 



Ca3d0189 Ca3d0192



 回向院と「観臓記念碑」



 



Ca3d0194 Ca3d0195



吉田松陰の墓(左)と橋本左内の墓(右)



 





大きな地図で見る

| 江戸時代 | 21:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。