烏鷺光一の「囲碁と歴史」

2010年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年01月

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旧新橋駅停車場

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 新橋駅からしばらく歩くと、旧新橋駅停車場があります。

 日本初の鉄道駅として開業したのは明治五年。

 今は駅舎跡の出土品など当時のものを展示する鉄道歴史展示室となっています。
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| 明治・大正時代 | 15:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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干支詰碁「卯」

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 来年の干支「卯」で詰碁を創ってみました。

| 囲碁あれこれ | 17:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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坂田メモリアル

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 先日なくなられた坂田栄寿先生を偲ぶ会が21日午後二時からあります。



 日本棋院に坂田先生の写真がありました。



 私が囲碁をはじめたときは坂田先生はすでに引退されておられたので、活躍されていたときは知りませんが、タイトル獲得数64等の数々の偉業を成し遂げられた大先生です。



 ご冥福をお祈りします。

| 囲碁あれこれ | 21:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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川中島古戦場

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 長野に行ったので川中島の古戦場を訪ねてみました。



 武田信玄と上杉謙信が対決した場所です。



 ガイドの方が何人かおられて、丁寧に話してくださいました。



 ここは第四回の会戦場です。武田の海津城(松代城)も近くにあり、上杉の本陣があった妻女山も見えました。



 上杉謙信には囲碁の記述はありませんが、武田信玄には棋譜があります(後世の偽造と発覚)。

| 戦国時代 | 11:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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長国寺

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 松代にある長国寺は松代藩主真田家の菩提寺です。初代藩主真田信之から代々の墓もあり、信之の弟である真田幸村とその子の大助の供養碑、父昌幸の供養塔をある。



 長国寺には松代藩士の墓もあり、関山仙太夫の墓もここにある。残念ながらそれを見つけることはできませんでした。



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 真田信之の霊廟



| 戦国時代 | 10:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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二十番碁の地

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 本因坊秀策と関山仙太夫二十番碁の地です。



 秀策の名声は松代にまで聞こえ、仙太夫も一度打ってみたいと思っていたのですが、自由に江戸へ行くことはできませんでした。そこで手紙を書いたところ、秀策の師秀和は秀策を派遣することにし、嘉永四年(一八五一)に松代で対局することとなった。



 六月三日に秀策は松代にやってきて、一日一局、二十日間打ちました。



 仙太夫の定先で七勝十三敗。秀策が譲った碁もあるそうですが、秀策相手に七勝したという仙太夫の実力は高いと思われます。



 対局のあと有名なはなしがあります。



 秀策が江戸へ帰るとき、謝礼として金二十両をさしだした。秀策は固く辞退が、「このお金は先生をお招きして打っていただきたいと思い、多年のうちにあまった金をためたもので、生活費から出したものではありません」と言って渡したという。



 その対局場所となった梅田屋の前に碑が建てられている。

| 本因坊家 | 08:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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関山仙太夫邸

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 長野県長野市松代にある関山仙太夫の邸である。



 仙太夫は松代藩士で囲碁も実力五段といわれ、江戸時代素人碁打ち日本一といわれていた。



 本因坊秀策との二十番碁が有名である。



 はじめは本因坊元丈に入門し、丈和の代に大いに力をつけた。



 長らくの江戸詰めも任期が終わり信州に帰ることになり、丈和と記念の対局をしたという。天保二年(一八三一)六月二十二日、上野の真如院で仙太夫の二子で対局。仙太夫の一目勝ちになった。



 江戸から松代に帰って十数年後に秀策と対局するのである。

| 本因坊家 | 18:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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オールアマ忘年囲碁大会

 日本棋院でオールアマ忘年囲碁大会がありました。



 私は出場していませんが、知人が何人かいました。



 その中の一人で六段の方とお話しました。



 その方は勝たれたのですが、対戦相手の方が思いっきり悔しがり「ああしていればよかった」とか「なんであのときああ打たなかったのか」と言って石をグチャグチャにして席を立ったそうです。一言も話さなかったし、こわかったと知人が言ってました。



 悔しかったでしょうが楽しく打つのが一番ですね。

| アマ対局 | 19:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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本因坊邸跡

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 本所の本因坊邸跡へ行ってきました。現在の両国です。駅から十分ぐらいのところに札が立っています。行くときには調べないと迷ってしまいます。

 近くには吉良邸があり、本因坊邸から見える距離だったと思われます。

 近くの公園には勝海舟生誕の地と書かれた碑がありました。

 その他にも、たくさんの札もあり、あの辺りの人物などの解説もあったので町でそういう歴史に力を入れているのではないかと思って歩きました。

 両国なので博物館もあり、国技館もあります。歩いてみて、この二つ以外にも楽しめるところはたくさんあります。また、あの辺りをゆっくり歩いてみたいものです。

| 本因坊家 | 10:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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岩本薫先生

 岩本薫先生は本因坊になったことがあり、世界への囲碁普及に貢献された偉大な先生です。もう亡くなられてから何年か経ちますが、私がいろいろお世話になっている方が岩本先生のご家族と知り合いで、岩本先生宛てに届いた手紙を貸してくださいました。



 それも偉大な先生からのものでした。瀬越憲作先生からのものが十二通ありました。瀬越先生の字はなかなか達筆で読んでみるのですがなかなか読めない。



 囲碁史会のメンバーにも読んでいただきましたが、これもなかなか読めない。



 これは貴重なものなので読めるようにしていつか紹介したい。



 岩本先生のご家族の方には、このような貴重なものを拝見させていただきありがたく思っています。

| 囲碁あれこれ | 19:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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